ベトナム語の人称代詞– 「私」と「あなた」が一つではない理由 –

ベトナム語の人称代詞

「私」と「あなた」が一つではない理由

ベトナム語の「私」と「あなた」は、いつも同じ単語ではありません。年齢、性別、立場、親しさ、場面に応じて、話し手と相手の呼び方を一組で選びます。人称代詞は、相手との関係を言葉の中に映し出す、ベトナム語らしさの強い仕組みです。

ベトナム語の人称代詞とは

人称代詞とは、話し手、聞き手、話題に出てくる第三者など、人を指すための言葉です。

日本語では、基本的に次のように整理できます。

  • 一人称:私、僕、俺
  • 二人称:あなた、君
  • 三人称:彼、彼女、あの人

日本語でも「私」「僕」「俺」の選択によって印象は変わりますが、ベトナム語ではさらに、相手との年齢差や関係まで考えて呼び方を選びます。

そのため、ベトナム語の人称代詞は、単に「誰を指しているか」だけでなく、話し手が相手との関係をどう捉えているかも表します。

「私」と「あなた」を一組で考える

ベトナム語の人称表現を理解するポイントは、「私」に当たる語と「あなた」に当たる語を別々に暗記しないことです。

会話する二人の関係を考え、呼び方を一組で選びます。

関係の例 自分を表す語 相手を表す語
一般的・中立的な関係 tôi 相手に合った呼称
自分が年下、相手が年上男性 em anh
自分が年下、相手が年上女性 em chị
同年代の友人など mình、tôiなど bạn、相手の名前など

これは絶対的な年齢表ではありません。実際には、年齢差、親しさ、職場での立場、地域、その場での合意などによって選び方が変わります。

まず「この人は何歳ぐらいか」だけでなく、「この人と自分は、どのような関係として話しているのか」を考えることが大切です。

基本となる一人称

tôi――比較的中立的な「私」

tôiは、教材で最初に登場することの多い一人称です。初対面、自己紹介、公的な場面などで使いやすく、相手との関係がまだ定まっていないときにも役立ちます。

Tôi là người Nhật.
私は日本人です。

Tôi đang học tiếng Việt.
私はベトナム語を勉強しています。

ただし、親しい相手との会話で常にtôiを使うと、距離を置いた印象になることもあります。

tôiは「誰に対しても使える万能な私」ではなく、比較的中立で一定の距離を保ちやすい表現と考えると分かりやすいでしょう。

em――年下側から見た「私」

emは、自分が相手より年下である場合や、関係上、年下側として話す場合によく使われます。

Em cảm ơn anh.
ありがとうございます。

  • em:年下側の話し手である「私」
  • anh:年上男性である相手

相手が年上女性なら、次のようにchịを使えます。

Em cảm ơn chị.
ありがとうございます。

ここでのemは、単なる「私」ではありません。「あなたとの関係では、私は年下側です」という情報も含んでいます。

mình――親しい関係で使われる「私」

mìnhは、友人、恋人、夫婦など、比較的親しい関係で一人称として使われます。

Mình về trước nhé.
私、先に帰るね。

会話によっては相手を指したり、「自分自身」を表したりすることもあるため、mình=私とだけ覚えると判断しにくい場合があります。

誰が誰に話しているかを見ながら意味を判断しましょう。

「あなた」は一つではない

ベトナム語では、英語のyouや日本語の「あなた」に完全に対応する、どんな相手にも使える一つの語があるわけではありません。

呼称 基本的な関係 もとの親族関係
anh 自分より年上の男性など
chị 自分より年上の女性など
em 自分より年下の相手など 年下のきょうだい
親世代に近い女性、女性教師など 叔母など
chú 親世代に近い男性など 叔父など
bác 親世代以上の相手など 伯父・伯母など
ông 祖父世代に近い男性など 祖父
祖母世代に近い女性など 祖母
bạn 同年代、友人、対等な相手など 友人

表はあくまで基本的な目安です。見た目の年齢だけで機械的に決めるものではありません。

例えば職場では、実年齢だけでなく、社内の慣習、役職、親しさ、本人たちが普段どのように呼び合っているかが影響します。

anhとemは「私」と「あなた」の両方になる

日本人学習者が混乱しやすいのが、anhemの訳が会話によって変わることです。

年下側から年上男性へ話す場合を見てみましょう。

Em gửi anh tài liệu.
私があなたに資料を送ります。

  • em:年下側の話し手=私
  • anh:年上男性の聞き手=あなた

今度は、年上男性側から年下の相手へ話す場合です。

Anh gửi em tài liệu.
私があなたに資料を送ります。

  • anh:年上男性の話し手=私
  • em:年下側の聞き手=あなた

日本語訳はどちらも「私があなたに資料を送ります」ですが、ベトナム語では二人の関係が文の中に表れています。

anh=あなた、em=私と固定して覚えるのではなく、まず話し手と聞き手を確認する必要があります。

親族名詞を家族以外にも使う

anhchịchúなどは、もともと家族や親族の関係を表す言葉です。

ベトナム語では、これらの親族名詞を、実際の家族ではない人への呼びかけや人称表現としても広く使います。

例えば店やレストランで、少し年上に見える男性店員へ次のように呼びかけることがあります。

Anh ơi!
すみません/お兄さん。

少し年上に見える女性なら、次のように呼びかけられます。

Chị ơi!
すみません/お姉さん。

ơiは呼びかけに使われる語です。ここでのanhchịは、単なる年齢の分類ではなく、相手との社会的な距離を調整する働きも持っています。

名前や役職と組み合わせる

呼称は、相手の名前と組み合わせて使うこともできます。

anh Nam
ナムさん

chị Lan
ランさん

ベトナム語の名前は、一般に最後の要素が個人名です。その個人名へanhchịなどを付けて呼ぶことがあります。

学校では、男性教師をthầy、女性教師をと呼ぶことがあります。

Em chào thầy ạ.
先生、こんにちは。

Em chào cô ạ.
先生、こんにちは。

仕事では、役職名や職業名を使った呼び方が適切な場合もあります。相手の会社や職場で実際に使われている呼び方を確認するのが安全です。

第三者を表す方法

第三者を表すときは、呼称にấyを付ける方法がよく使われます。

表現 おおよその意味
anh ấy 彼、その年上男性
chị ấy 彼女、その年上女性
em ấy その年下の人
ông ấy その男性、その年配男性
bà ấy その女性、その年配女性

Anh ấy là giáo viên.
彼は教師です。

Chị ấy làm việc ở Hà Nội.
彼女はハノイで働いています。

日本語では「彼」「彼女」と訳せますが、ベトナム語では第三者についても年齢や関係を反映した呼称が使われます。

「私たち」を表すchúng tôiとchúng ta

日本語の「私たち」に当たる代表的な表現には、chúng tôichúng taがあります。

表現 聞き手を含むか 意味
chúng tôi 通常は含まない 私たち。ただし、あなたは別
chúng ta 含む 私たち。あなたも一緒

Chúng tôi sẽ đi Hà Nội.
私たちはハノイへ行きます。

通常、聞き手は「行く私たち」の中に含まれません。

Chúng ta sẽ đi Hà Nội.
私たちはハノイへ行きます。

こちらは、話し手と聞き手が一緒に行くという意味になります。

日本語訳ではどちらも「私たち」になるため、誰が含まれているのかを確認することが大切です。

「あなた=bạn」とは限らない

初級教材では、bạnが「あなた」と紹介されることがあります。

bạnには「友人」という意味があり、同年代の相手、友人、対等な関係などで使われます。また、教材、アンケート、不特定の読者への呼びかけなどで、一般的な「あなた」として使われることもあります。

ただし、実際の対面会話で、年齢や立場が明らかに異なる相手へ機械的にbạnを使うと、不自然になったり、距離感が合わなかったりすることがあります。

bạn=誰にでも使えるyouと考えず、相手との関係に合っているか確認しましょう。

ビジネスでは何と呼べばよいか

ビジネスでも、anhchịemなどは広く使われます。ただし、年齢だけでなく、役職、組織の慣習、取引関係、文章か会話かによって適切な呼び方が変わります。

初対面や正式な連絡では、次のような方法も検討します。

  • 役職名を使う
  • 職業上の敬称を使う
  • 相手が署名や会話で使っている呼称に合わせる
  • 周囲のベトナム人が使っている呼び方を確認する

相手の年齢を見た目だけで判断し、最初から親族呼称を決めつける必要はありません。分からない場合は、名前や役職を確認してから選ぶ方が安全です。

呼び方に迷ったときの考え方

人称代詞を選ぶときは、次の順番で考えると整理しやすくなります。

  1. 誰が誰に話しているか確認する
  2. 相手とのおおよその年齢差を見る
  3. 仕事、家族、友人などの関係を確認する
  4. その場で実際に使われている呼び方を聞く
  5. 会話が進んだら、相手の使い方に合わせる

呼び方を間違えたからといって、必ず大きな失礼になるわけではありません。外国人学習者であることが伝わっていれば、相手が自然な呼び方を教えてくれることもあります。

迷ったときは、次のように尋ねることもできます。

Em nên xưng hô với anh thế nào ạ?
どのようにお呼びすればよいですか。

完璧な年齢判定を目指すより、相手の反応を見ながら丁寧に調整する方が、実際のコミュニケーションでは役立ちます。

人称代詞は文化とTPOを映す

同じ二人でも、職場、家庭、友人同士の集まりなど、場面によって呼び方が変わることがあります。

そのため、人称代詞は文法項目であると同時に、ベトナムの人間関係やコミュニケーション文化を知る入口でもあります。

場面、相手、地域、話し方による違いについては、「ベトナム語のTPO」でも解説しています。

ベトナム語のTPOを詳しく見る

まとめ

ベトナム語の人称代詞は、単なる「私」「あなた」「彼」「彼女」の置き換えではありません。

  • 「私」と「あなた」を一組で考える
  • 年齢だけでなく、立場や親しさも考える
  • anhやemは話者によって「私」にも「あなた」にもなる
  • 親族名詞を家族以外の相手にも使う
  • 第三者にも関係性を反映した呼称を使う
  • chúng tôiとchúng taでは聞き手を含むかが異なる
  • bạnを誰にでも使える「あなた」と考えない

すべての呼称を表だけで暗記する必要はありません。実際の会話で「誰が誰を何と呼んでいるか」に注目し、二人の関係と一緒に覚えていくことが、自然な使い分けへの近道です。

人称代詞が文法上どのような詞類として扱われるかは、「ベトナム語の詞類一覧」でも確認できます。

ベトナム語の詞類一覧を見る

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