なぜベトナム人にはグエン(Nguyễn)姓が多い?苗字ランキングと歴史から徹底解説

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ベトナム人と知り合う機会が増えると、そのうちこんな瞬間がやってきます。

「グエンさん、多くない!?」

気のせいではありません。実際、めちゃ多いです。

2006年の大学入試受験者883,835人の姓名を分析した研究では、Nguyễn(グエン)姓は31.57%。実に3人に1人近くです。2位の Trần(チャン)姓9.46%を大きく引き離しています。

では、なぜこんなことになったのでしょうか。

よく、「ベトナム最後の王朝がグエン朝だったから」と説明されることがあります。

確かに、グエン政権やグエン朝の時代にも、国姓の授与などを通じて Nguyễn 姓へ入る経路はありました。しかし、それだけでは話が合いません。グエン朝が始まったのは1802年ですが、その約570年前の1232年には、すでにLý(李)姓を Nguyễn(阮)姓へ改める規定が設けられていたことが分かっています。

グエン姓が増えていった歴史を追ってみると、王朝交代、避諱(ひき)、政治、移住、国姓の授与など、ベトナムの歴史において人々が「姓を変える」という行為そのものが見えてきます。

避諱(ひき)とは:
中国や日本などの漢字文化圏において、君主や親など目上の人の「諱(いみな=本名)」を、敬意や恐れから口にしたり文字に書いたりすることを避ける慣習のこと。ベトナムも歴史的には中国の影響を大きく受けており、同様の慣習があった。
目次

ベトナム人の姓ランキングTOP20

まずは、Nguyễn がどれくらい突出しているのか、他の姓と比べてみましょう。

順位カタカナ漢字割合
1Nguyễnグエン31.57%
2Trầnチャン9.46%
38.67%
4Phạmファム6.42%
5Hoàngホアン3.05%
6ヴー3.04%
7Bùiブイ2.81%
8Phanファン2.45%
9Đỗドー2.45%
10ヴォー2.09%
11Đặngダン2.02%
12Ngôゴー1.79%
13Huỳnhフィン1.71%
14Trươngチュオン1.56%
15Dươngズオン1.46%
16Đinhディン1.39%
17Hồホー1.30%
18Trịnhチン1.02%
19Đàoダオ1.01%
20Đoànドアン0.97%

上位20姓だけで、この研究データの約86.24%を占めます。日本人の感覚からすると、かなり一部の姓に集中していることが分かるでしょう。

※カタカナ表記は、日本語で一般的な表記を中心とした読み方の目安です。ベトナム語の発音を完全に再現するものではなく、地域によって発音にも違いがあります。

ベトナム人の姓名全体の仕組みや、họ(姓)・tên đệm(中間要素)・tên(名)の構造については、別記事の「ベトナム人の名前」で詳しく解説しています。

出典・確認資料
Nguyen, V. K. (2024), Toward an Onomastic Account of Vietnamese Surnames。2006年大学入試受験者883,835人の姓名データを分析。漢字表記はベトナム社会科学院・漢喃研究院『Tạp chí Hán Nôm』掲載研究も参照。

ベトナム人の主要姓の割合。Nguyễn姓31.57%、Trần姓9.46%、Lê姓8.67%、Phạm姓6.42%を比較したグラフ

HoàngとHuỳnh、VũとVõは漢字が同じ?

ランキングをよく見ると、少し面白いことに気づきます。5位の Hoàng と13位の Huỳnh は、どちらも漢字では「黃」。6位の と10位の も、どちらも「武」です。

今回参照の研究データでは、それぞれ別の姓として集計されています。Hoàng / Huỳnh、Vũ / Võ のような二つの読みが生まれた理由については、歴史的な避諱によるとする説明が広く知られる一方、方言・歴史音韻の問題として説明する研究もあり、研究者間で見解が一致しているわけではありません。ここでは原因を一つに決めつけず、研究データどおり別順位で掲載しています。

出典・確認資料
Cao Tự Thanh「Những yếu tố Hoa trong phương ngữ Nam Bộ」『Tạp chí Hán Nôm』2(43), 2000
避諱説をめぐる異なる見解については An Chi「Cao Tự Thanh phủ nhận lệ kiêng húy」 も参照。

HoàngとHuỳnhは黃、VũとVõは武という同じ漢字に対応するベトナム姓の例

Nguyễn(グエン)は漢字で「阮」

Nguyễn は漢字で「阮」と書きます。

「阮」という姓は中国にも存在し、ベトナムでも Nguyễn 姓はグエン朝よりはるか以前から確認されています。したがって、現在の Nguyễn 姓をすべて一つの起源や一人の祖先へ結びつけることはできません。

まして、現在 Nguyễn 姓だからといって「グエン朝の王族の子孫」という意味ではありません。むしろ、これから見ていくように Nguyễn 姓へ至った歴史的な経路そのものが非常に多様です。

出典・確認資料
ベトナム社会科学院・漢喃研究院『Tạp chí Hán Nôm』掲載研究では Nguyễn=阮をはじめ、主要なベトナム姓と対応する漢字を確認できる。
Đặc điểm văn hóa phản ánh trong cấu trúc họ tên của người Việt

なぜグエン(Nguyễn)姓はこんなに多い?

結論から言うと、一つの理由だけでは説明できません。

何世紀にもわたって、王朝交代や政治的事情、避諱、旧王朝の一族による改姓、国姓の授与などが重なった結果として考える方が、史料に合っています。

① 1232年、Lý(李)姓を Nguyễn(阮)姓へ改める規定

まず重要なのが1232年です。

1225年に Lý(李)朝から Trần(陳)朝へ王朝が交代した後、Trần 朝は1232年、Lý 姓を Nguyễn 姓へ変更する規定を設けました。

制度上の理由は「避諱(ひき)」です。Trần 朝の祖先である Trần Lý の名にある「Lý」を避けるためでした。

一方、『大越史記全書』には、旧 Lý 朝に対する民衆の思慕を断つ意図も記されています。姓を変えることが、単なる名前の問題ではなく政治的な意味を持っていたことが分かります。

出典・確認資料
ベトナム社会科学院・漢喃研究院『Tạp chí Hán Nôm』の避諱研究。『大越史記全書』の政治的背景。
Tạp chí Hán Nôm số 1/1986

② 王朝が変わると「姓」も政治問題になった

Lý 姓から Nguyễn 姓への変更だけを見ると、特殊な一事件に見えるかもしれません。しかし、ベトナム史では王朝や政治状況によって姓が問題になること自体がありました。

たとえば後のLê朝でも、Trần 姓を Trình 姓へ改める命令が確認されています。避諱を名目としながら、前王朝の姓が政治的な意味を帯びることがあった例です。

現代日本の感覚では、婚姻による変更などの場合を除けば、姓は基本的に固定されたものという印象が強いですが、歴史上のベトナムでは、姓が王朝・政治・所属を示す記号として動くことがあったのです。

出典・確認資料
ベトナム社会科学院・漢喃研究院『Tạp chí Hán Nôm』掲載研究。
Ngô Đức Thọ「Chữ húy thời Lê sơ」『Tạp chí Hán Nôm』2/1991

③ 滅亡した王朝の一族も、さまざまな姓へ

王朝が滅びた後、その一族が旧王朝との関係を隠したり、新しい土地へ移ったりする中で姓を変えることもありました。

たとえばMạc(莫)氏の末裔を扱った研究では、系統や地域によって Nguyễn、Hoàng、Phan、Phạm など異なる姓へ改姓した例が確認されています。Mạc Cảnh Huống には Thanh(Ban)という息子がおり、この人物が Nguyễn Phúc Nguyên(Chúa Sãi)の養子となって国姓を与えられ、Nguyễn Phước Vinh と名乗ったことが家譜研究に残されています。

つまり、「滅びた王朝の人々がみんな Nguyễn になった」というわけではありません。

出典・確認資料
ベトナム社会科学院・漢喃研究院によるMạc朝末裔の家譜研究。
Về quyển gia phả của hậu duệ nhà Mạc ở Trà Kiệu

④ 王から「国姓」を与えられることもあった

自ら姓を変えたり、変更を命じられたりするだけではありません。王や政権側から姓を与えられる「国姓(quốc tính)」という仕組みもありました。

功績のあった人物や政権と特別な関係を持つ人物などに王家の姓を与えるもので、Nguyễn だけに見られる特殊な慣行ではありません。先ほどの Nguyễn Phước Vinh も、その具体例の一つです。

つまり Nguyễn 姓には、政治的事情から「変えさせられる」経路だけでなく、権威ある姓として「与えられる」経路もあったわけです。

⑤ 王家では「Nguyễn Phúc」が使われるようになる

Nguyễn 姓そのものが非常に広い一方、後の Nguyễn 王家につながる領主家では Nguyễn Phúc という形が使われるようになります。

第2代 Nguyễn 領主 Nguyễn Phúc Nguyên は1613年に父 Nguyễn Hoàng の後を継ぎました。ベトナムの公的資料にも、1613年から Nguyễn Phúc の姓を正式に用いたとする説明があります。

ここを見るだけでも、「 Nguyễn 姓の人= Nguyễn 王家」という理解が成り立たないことが分かるでしょう。Nguyễn という巨大な姓集団の中に、王家につながる Nguyễn Phúc という系統がある、と考えた方が実態に近いのです。

※本文では Nguyễn Phước Vinh と Nguyễn Phúc Nguyên の二つの表記が登場します。Phúc / Phước は同じ漢字「福」に対応する異なる読みです。歴史資料でも双方の表記が見られるため、この記事では参照資料の表記を尊重しています。

出典・確認資料
Nguyễn Phúc Nguyên と Nguyễn Phúc の使用について、ベトナム地方政府資料などを参照。
Đồng Nai省政府資料

⑥ そして1802年、Nguyễn 朝が成立

こうした長い歴史の末、1802年に Gia Long(嘉隆帝)がベトナムを統一し、最後の王朝となる Nguyễn 朝が成立します。

Nguyễn 朝は1945年まで続きました。

また、Nguyễn Ánh(後のGia Long)に仕えた武将 Huỳnh Tường Đức が、その功績によって国姓を与えられ Nguyễn Huỳnh Đức と名乗った例も確認できます。このように、Nguyễn政権の時代にも国姓の授与を通じて Nguyễn の名を受ける経路が実際に存在しました。

出典・確認資料
Long An省観光ポータル「Cây di sản Việt Nam trên đất Long An」

Nguyễn姓をめぐる歴史。1232年のLý姓からNguyễn姓への改姓規定から1802年のNguyễn朝成立までを示す年表

このように、「最後の王朝が Nguyễn 朝だった」という事実そのものだけで、現在の Nguyễn 姓の多さを説明することは無理があるのです。

「最後の王朝がグエン朝だからグエンさんが多い」は間違い?

「最後の王朝がグエン朝だからグエンさんが多い」という視点は、完全な間違いとまでは言えませんが、それだけで説明するのは不正確です。

ここまで見てきたように、Nguyễn 姓をめぐる改姓の歴史は Nguyễn 朝成立より何世紀も前から続いていました。

Nguyễn 政権・Nguyễn 朝の時代にも、国姓の授与などによって Nguyễn 姓へ入る経路はありました。しかし、1232年にはすでに Lý 姓を Nguyễn 姓へ改める規定が設けられています。Nguyễn 朝成立より約570年前のことです。

さらに、王朝交代、避諱、旧王朝の一族による改姓、移住、国姓の授与など、姓が変わる経路は一つではありませんでした。

ですから、「最後の王朝が Nguyễn 朝だったから」とだけ覚えるより、何世紀にもわたる改姓の積み重ねがNguyễn姓の巨大化につながったと理解する方が、確認できる史料には合っています。

同じ Nguyễn なら親戚なの?

もちろん、Nguyễn 姓だからといって全員が近い親戚というわけではありません。

ここまで見てきたように、Lý 姓から改姓した人々、旧王朝との関係から姓を変えた家系、国姓を与えられた家系など、Nguyễn 姓へ至る経路そのものが複数あります。

日本でも同じ姓だからといって必ずしも親戚ではありませんが、今回の研究データで3割を超える Nguyễn 姓ではなおさらです。「 Nguyễn = 一つの巨大な一族」と考えるのは適切ではありません。

ベトナムの姓を見ると歴史が見えてくる

Nguyễn 姓が多い理由を調べ始めると、単なる「ベトナム人の名字ランキング」では終わりません。

そこには、王朝が交代し、前王朝の姓が政治的な意味を持ち、時には姓そのものを変えさせられ、逆に王から姓を与えられるというような、一言では語れない歴史があります。

現在のベトナムで「グエンさん」がこれほど多い背景には、そうした長い歴史の積み重ねがあるのです。

次にベトナム人の名前を見る機会があったら、姓にも少し注目してみてはいかがでしょうか。

Nguyễn、Trần、Lê、Phạm ・・・

たった一語の姓の向こう側にも、ベトナムの歴史を感じられるかもしれません。

主な参考資料

Nguyen, V. K. (2024), Toward an Onomastic Account of Vietnamese Surnames
Đặc điểm văn hóa phản ánh trong cấu trúc họ tên của người Việt
Tạp chí Hán Nôm số 1/1986 ― 避諱とLý→Nguyễn改姓に関する研究
Ngô Đức Thọ「Chữ húy thời Lê sơ」『Tạp chí Hán Nôm』2/1991
Cao Tự Thanh「Những yếu tố Hoa trong phương ngữ Nam Bộ」『Tạp chí Hán Nôm』2(43), 2000
Về quyển gia phả của hậu duệ nhà Mạc ở Trà Kiệu
Đồng Nai省政府資料 ― Nguyễn Phúc Nguyên / Nguyễn Phúc
Long An省観光ポータル ― Nguyễn Huỳnh Đức
An Chi「Cao Tự Thanh phủ nhận lệ kiêng húy」

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