ベトナム人の名前

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今回はベトナムにおけるマジョリティー、キン族の名前についてディープに掘り下げてみましょう。

ベトナム人の名前を見て、「どこが名字で、どこが名前なんだろう?」と思ったことはありませんか。

ベトナム人の名前は、日本人にとって最初は少し複雑に見えます。しかし、その成り立ちや構造について理解すれば、ベトナム人の友人の呼び方に迷うこともなくなり、ベトナム人の名前を見るたびに意味を想像したり、何より覚えやすくもなるでしょう。

たとえば Nguyễn Văn An さんなら、Nguyễn が姓、Văn が中間要素、An が名、のように説明すれば比較的簡単です。ところが実際には、中間要素を持たない人、逆に複数の中間要素を持つ人、Thu HằngLan Anh のように複数音節をひとまとまりの名として持っているケースもあります。

ここでは、ベトナム人の名前の基本構造を押さえたうえで、その人がどう名乗り、周囲からどう呼ばれ、名前が実際にどう使われているのかまで見ていきます。

※ đệm は「間に差し込む」という意味を持つ多義語で、tên「名前」+ đệm「差し込む」で中間要素となります。họ, tên, đệm についてそれぞれ詳しくは以下の辞書ページをご覧ください。

目次

ベトナム人の名前はどうできている?

ベトナム人の姓名を理解するとき、まず覚えておきたいのが họ(姓)tên đệm / chữ đệm(中間要素)tên(名) という考え方です。典型的には「姓+中間要素+名」の順ですが、すべての名前がこの3要素へきれいに分かれるわけではありません。

ベトナム人の姓名の基本構造。Nguyễn Văn Anをhọ・tên đệm・tênに分けた図

2026年8月現在の現行法である2014年戸籍法第14条も、出生登録上の氏名を Họ, chữ đệm và tên としています。なお、2026年4月に成立した新戸籍法でも、Họ, chữ đệm (nếu có), tên のようになっています。中間要素については「もしある場合」とされており、完全に上記の3要素でないことが法律からも伺い知ることができます。(2026年4月に成立した新戸籍法は2027年3月1日施行です)

出典・確認資料
Luật Hộ tịch số 60/2014/QH13(2014年戸籍法) 第14条

また、ベトナムでは歴史的に漢字・漢文が長く使われ、現代ベトナム語にも漢越語(từ Hán Việt)が数多く残っています。人名にも漢越語由来の語が非常によく使われており、漢字に対応する名前も多くあります。一方、すべての名前が漢字由来というわけではなく、純ベトナム語(thuần Việt)に由来する名前もあります。

出典・確認資料
ベトナム社会科学院・漢喃研究院『Tạp chí Hán Nôm』掲載研究:
Đặc điểm văn hóa phản ánh trong cấu trúc họ tên của người Việt

tên đệmは「ミドルネーム」でいい?

日本語では tên đệm を「ミドルネーム」と説明することが多く、この記事でも便宜上そう表現する場合があります。ただし、英語圏の middle name と完全に同じ仕組みだと思わない方が安全です。(その理由はこのあと述べていきます)

tên đệm は一語とは限らず、複数の要素を持つ場合もあります。また、Văn や Thị は名前の中間要素として伝統的によく知られ、ベトナム人と知り合いになると大変よく目にする例ですが、tên đệm すなわち Văn や Thị ではありません。

「最後の1語だけが名前」とは限らない

ベトナム人のフルネームを見て、「最初の1語が姓、最後の1語が名、その間は全部ミドルネーム」と機械的に切り分けるのはおすすめできません。姓名研究でも、複数語の名前について複数の分析が成立する例があります。

Thu Hằngはどこまでが名前?

たとえば、Lê Thị Thu Hằng という女性の名前が姓名研究で取り上げられている例があります。そこでは、Thị と Thu を middle names、Hằng を given name と分析する立場がある一方、Thị を middle name、Thu Hằng 全体を二音節の given name と見る分析もあります。

ちなみに Thu Hằng は、2語を合わせて「秋の月」という意味を持つ名前として分析されています。このように、語の位置だけを見るのではなく、複数語がひとまとまりでどのような意味を作っているかを見ることで、Thu を Hằng とともに名の構成要素として捉える分析もできます。

Lan Anhのような名前もある

上述の Thu Hằng と同様の二音節の要素として、ベトナム人女性12,936人の名前を分析した2020年研究では、Thu Lan を複合 given name として分析し、Lan Anh や Vân Anh のような名前も扱っています。複合名全体で呼ばれる場合と、末尾の要素で呼ばれる場合があり得るため、姓名学的な構造と実際の呼称を分けて考える方が実用的です。

最後の1語だけが名前とは限らないことをThu HằngとLan Anhで示した図

出典・確認資料
Nguyen, V. K. (2024)の姓名研究:
Nguyen, V. K. (2024), Toward an Onomastic Account of Vietnamese Surnames

Lan Anh / Vân Anh などの複合given nameと呼称について:
English and Vietnamese Female Names: A Comparison and Contrast, Journal of Educational and Social Research (2020)

ベトナムで多い姓

日本には約30万種の名字があるとされる一方、ベトナムではLê Trung Hoaの研究で1,023姓が確認されています。さらに、ベトナム人口の85.3%を占めるキン族について、2024年の姓名研究では2006年の大規模データから312種類の姓が確認されています。日本と比べると姓の種類が少ないうえ、一部の姓への集中が非常に強いのがベトナム人の姓の特徴です。

その中でも圧倒的に多いのが Nguyễn(グエン) です。漢字にすると「阮」にあたり、ベトナム人の約3〜4割がこの姓を持っています。ただし、「3〜4割」と幅があるのは、統計ごとの前提が関係しています。

2024年発表の姓名研究が分析した2006年大学入試受験者883,835人のデータでは、Nguyễn 31.5689%、Trần 9.4568%、Lê 8.6651%でした。同論文は先行研究の「Nguyễn 30~39%」という推計も紹介しています。つまり、母集団によって割合は異なるものの、Nguyễn が圧倒的最多であることは共通しています。

ベトナムで多い姓。Nguyễn・Trần・Lê・Phạmの割合を示す横棒グラフ

出典・確認資料
Nguyen, V. K. (2024), Genealogy 8(1), 16:2006年大学入試受験者883,835人のデータを分析。キン族では312種類の姓を確認。
Lê Trung Hoa「Người Việt Nam chúng ta hiện nay có bao nhiêu họ?」:ベトナム全体で姓の数。
ベトナム統計総局「2019年人口住宅センサス」:キン族が総人口の85.3%を占める。
丹羽基二『日本苗字大辞典』(1996年):約29万姓氏を収録。

なぜNguyễn姓が多いの?

背景には王朝交代や歴史上の改姓など、複数の要因が関係しているとされます。ここで語りつくせるものではありませんし、少ない俗説だけで説明するのは正確性を欠くため、詳しく知りたい方は下記の記事をご確認ください。

ベトナム人は実際にはどこを呼ぶ?

日本では「山田太郎さん」を「山田さん」と姓で呼ぶのが自然です。一方、ベトナム語では、日本語のように姓だけを人への基本的な呼称として使うのは一般的ではありません

ベトナム語の呼称研究では、名がコミュニケーションで使われ、呼称詞と組み合わせる場合にも名が使われること、また姓だけを使わないことが明記されています。自分より少し年上の Minh という名の男性なら、anh Minh と呼ぶようにです。

筆者の身近な実例でも、妻の家族では bố Dungbác Hưng のような「親族呼称+名前」が日常的に使われています。ここでの bố は「父」、bác は親世代以上の相手などに使われる親族呼称です。こうした具体例は家庭や人間関係によって変わりますが、「親族呼称+名」という仕組み自体はベトナム語の呼称研究でも確認されています。

したがって Nguyễn Văn Minh なら、日本語的に「Nguyễnさん」とするより、関係性に応じて Minhanh Minh などと呼ぶ方が一般的なベトナム語の呼称体系に沿っています。「Nguyễnさん」と言っているうちは「ああ、ベトナム語のことを分かってない外国人ね」と思われることでしょう。ともあれ、外国人にとって大きなハードルとなるのが、anh / chị / em などの呼称の選択です。呼称の選択は年齢だけで決まらず、世代、立場、親しさ、場面なども関係します。

ベトナム人の呼び方。姓ではなくMinh、anh Minh、chị Lanなどで呼ぶ例を示した図

出典・確認資料
Vietnamese Terms of Addressをもとに作図。first name、kinship term+nameなどの呼称形式を記述。本文中の bố Dung / bác Hưng は筆者家族における実例です。

職場ではどう呼ぶ?

職場でも名前と呼称詞の組み合わせは重要です。筆者自身もベトナム企業で長く働いてきましたが、姓だけで呼び合っている光景を見たことはなく、名のみや「anh / chị / em + 名前」で呼ぶことが当たり前です。

名前に基づく社内でのメールアドレスの作り方などは企業ごとの運用によりますが、同名の人が社内にいる可能性が非常に高いベトナムでは、あえて最後の名だけにせずに、名が複数音節の場合はそれらを利用することもあります。筆者が勤務したベトナム企業でも、たとえば Nguyễn Thị Ngọc Lan さんと Trần Thị Phương Lan さんを最後の名だけにすると Lan で被ってしまうため、メールアドレスの@マーク以前を NgocLan と PhuongLan のようにしたりする運用がありました。さらに、大企業にもなるとそれでも被るので、数字や生年月日を追加するケースもあります。

名前に込められた意味

ベトナム人の名前には、美しさ、徳、自然、能力、家族の願いなど、さまざまな意味を持つ語が使われます。複数音節の名前では、語を組み合わせて一つの意味やイメージを作ることもあります。

名前や tên đệm には性別による傾向もありますが、「この語なら必ず男性」「この名前なら必ず女性」という単純なルールではありません。このテーマも一言では片付けられない世界なので、詳細を知りたい方は下記の記事をご覧ください。

結婚すると姓は変わる?

ベトナムでは、日本のように婚姻そのものと夫婦の姓の選択を一体として考えない方が実態を理解しやすいです。2026年現在では日本でも夫婦別姓の議論はありますが、ベトナムでは婚姻と姓はそもそも全く別のテーマです。

民法2015年第27条は氏の変更事由を列挙していますが、通常の国内婚姻そのものによる自動改姓は規定していません。一方、外国要素のある婚姻・家族関係で、外国人配偶者の本国法に合わせるため配偶者の姓へ変更する場合は、変更事由として明示されています。したがって、通常の婚姻で「結婚したら夫または妻の姓へ自動的に変わる」と説明するのは適切ではありません。

出典・確認資料
Bộ luật Dân sự 2015(民法2015)第27条

氏の変更事由。外国要素のある婚姻に関する変更事由は同条1項eに規定。

子どもの姓は父親の姓?

慣行として父親の姓を持つケースは多く見られますが、法律上は父姓に限定されません。民法2015年第26条では、子どもの姓は父または母の姓を父母の合意によって決め、合意がない場合は慣習によるとされています。父が確定していない場合は母の姓になります。

ちなみに筆者の妻はベトナム人ですが、もちろん婚姻時に姓をどうこうするといった議論は皆無でした。子供が産まれると、日本人の私の姓をつけることはベトナムの役所で何か言われそうだなと身構えていましたが、何も文句はつきませんでした。子の名前は、日本語とベトナム語で同音で双方とも意味がある語にしましたが、古風なベトナム語だったので出生届の際の若い窓口担当(ベトナム人)がそのベトナム語を知らなくて、「これはベトナム語じゃないでしょ!」と文句がついて受理されるのにひと苦労したものです。

実はこのあたり、単なる「役所あるある」だけでもありません。民法2015年第26条では、ベトナム国民の名前はベトナム語またはベトナムの各民族の言語によること、数字だけの名前や文字ではない記号だけの名前は認められないことなどが定められています。一方で、司法省自身も「何をもってベトナム語の名前と判断するか」について具体的な基準が十分でなく、戸籍実務で判断が難しくなるケースがあることを指摘しています。

出典・確認資料
Bộ luật Dân sự 2015 第26条

氏名に関する基本規定。あわせてベトナム司法省の資料 Một số vấn đề về đăng ký khai sinh có yếu tố nước ngoài では、「何をもってベトナム語またはベトナムの他民族の言語による名前とするか」について具体的な指針がなく、戸籍実務で判断が難しいケースがあることが指摘されている。

日本人がベトナム人名を扱うときの注意

実務上の原則はシンプルです。名前を見ただけで「最後の一語がFirst Name、その前は全部Middle Name」と決めつけず、本人の公的書類、本人が使っている表記、周囲の呼び方を優先することです。

海外フォームでは Family name / Middle name / First name への分割を求められることがあります。複数語のgiven nameもあるため、推測ではなくパスポートなどの公的書類と本人の申告を優先します。

まとめ

họ、tên đệm、tên という構造を知ることは大切です。しかし、それだけでベトナム人の名前を完全に理解できるわけではありません。

複数音節で一まとまりの名前になることもある。フルネームが Lê Thị Thu Hằng という人物を、Hằng のように末尾だけで呼ばれる場合もあれば、Thu Hằng のように複数語で呼ばれる場合もある。そして実際の呼び方には、anh、chị、em などの呼称と人間関係が深く関わっています。

ベトナム人の名前を見たときは、機械的に三つへ切り分けることより、本人がどう名乗り、周囲がどう呼んでいるかを見ること。それが一番実用的な理解の仕方です。はっきり言えることは、姓でもって名乗ったり呼ばれたりしていることは歴史上の偉人のようなケースでない限りないということでしょうか。もちろん、中間要素だけで呼ぶこともありません。

おわりに

こうして概観してみると、漢越語由来の名前が多い一方で、純ベトナム語由来の名前もあり、母方の姓を中間要素として取り入れる命名法なども見られます。ベトナム人の名前は、基本的な構造を持ちながらも、実際にはかなり多様です。

もちろん何でも自由というわけではなく、氏名には民法上の制約もあります。それでも、いち外国人として、ベトナムの人々の名前の変化を追うのも楽しいものです。

主な参考資料

Nguyen, V. K. (2024), Toward an Onomastic Account of Vietnamese Surnames
English and Vietnamese Female Names: A Comparison and Contrast (2020)
Luật Hộ tịch số 60/2014/QH13
Luật Hộ tịch số 03/2026/QH16
Bộ luật Dân sự 2015 第26条・第27条
Vietnamese Terms of Address
Đặc điểm văn hóa phản ánh trong cấu trúc họ tên của người Việt

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